2020/11/15

思わず誰かに教えたくなるギャンブルの歴史と過去の偉人達を紹介!

みなさんはギャンブルがお好きですか?ギャンブルをしているときのハラハラ感と勝った時の喜びは、どんな遊びよりも楽しいですよね。

これを当てたら一攫千金!そんなことを想像するだけで気持ちが高まります。

私たちの生活の中に当たり前のようにあるギャンブルですが、一体いつからどこで始まったものなのでしょうか。

ギャンブルはどうして生まれどのような歴史があるのか、ギャンブルの歴史は諸説あると言われてはいますが今回はその一部をご紹介していきます。

ギャンブル・賭博(ばくち)の歴史、文化とは

世界中の人々を魅了するギャンブルは、それぞれどのような歴史を歩んできたのかをご紹介します。

  • カジノの歴史
  • ダイスの歴史
  • スポーツ賭博の歴史
  • パチンコの歴史とは

カジノの歴史

カジノの語源は、イタリア語のcasa(小さな家)という言葉にあります。casaはもともと保養地にある小さな家という意味だったのですが、集会所、会議室、娯楽室などと転じ、ギャンブル場という意味へと変化してきたのだと言われます。

カジノの原型と言えるものは、ルイ15世の時代(1700年頃)ヨーロッパと伝えられていますが、そもそもの起源はさらに古く、古代インドの文献に「サイコロを投げて賭けをした」とする記録があったようです。

世界最古のカジノ施設は、1638年にイタリアのカジノ・ディ・ヴェネツィアと言われています。ここは上流階級向けの施設として始まりました。

ダイスの歴史

何かを投げて吉凶を占う道具から派生してできたダイス

ダイスは世界中から発見されていますが、1番古いものは3,000年前にインドで出土したものとされています。そしてこれは人類が初めて行われた賭博と言われています。

3,000年前にあった遊びがいまだに人気があるのはすごいですね。それから1,600年が過ぎたころには今のダイスと同様の数字の配置のダイスが完成していました。

当時、結果が予測できないダイスには神が宿るとされ貴族の間で流行しました。12世紀には、あの十字軍も遠征先でダイスを楽しんでいたそうです。

スポーツ賭博の歴史

スポーツの勝敗を予想するブックメーカーはヨーロッパではとても人気のある遊びです。18世紀に競馬場で予想をし始めたのが起源とされています。

1845年にイギリス政府は競馬で賭け事をする事をよく思わず禁止されましたが、違法となっても人気は変わらず続きました。当時最も多い時で15,000件スポーツ賭博場所があったとされています。

1960年になるとイギリス政府もブックメーカーを認めざる得なくなり、政府からライセンスを取得したブックメーカーに限り運営を許可することになりました。このようにスポーツ賭博がヨーロッパでは違法でなくなり現在に至ります。

パチンコの歴史とは

パチンコができたのは、大正時代アメリカから入ってきたピンボールゲームを改良してつくられたものが発祥とされています。意外とパチンコの歴史は浅く近代にできた遊びで、露天などで人気の遊びになりました。

昭和に入ると玉の代わりに小銭をはじいて遊ばれていました。しかし、皇室の御紋を遊びの道具で使うことは許されないとし、パチンコは禁止されてしまったのです。

再び禁止されるパチンコ

小銭でのパチンコが禁止されてからまた玉を使ったもので遊ばれるようになりましたが、悲しいことにまたパチンコは禁止されることになります。日本の戦争への参加です。

日本中のあらゆる金属は武器に替えるため回収されてしまいました。パチンコも戦争の道具に替えられてしまったのです。そして、戦争が終わり人々はパチンコをまた楽しむことができるようになりました。

今ではパチンコ台の種類も増えて、日本で一番普及しているギャンブルと言っても過言ではありません。

日本だけで人気のパチンコ

他のギャンブルと違い、パチンコは日本だけで爆発的人気のあるギャンブルです。それはパチンコが日本人の特性にあっているからです。コツコツ玉をいれて儲けることは外国人には時間がかかりすぎて耐えられません。

海外ではすぐに結果の出ないパチンコより、ルーレットやダイスの方が人気があるのです。日本人は一日中でもパチンコができるということはある意味すごいのかもしれませんね。

「ギャンブル」に関する偉人はいるのか

「ギャンブルは自分との闘いです。冷静に自分を客観視できる精神力が必要とされますから」

引用元:3/4 人生を勝利に導くゲームの名言9 [カードゲーム・ボードゲーム] All About

AKB48の生みの親である元康さんは言いました。まだまだギャンブルはマイナスなイメージだけを持たれがちですが、秋元さんのようにギャンブルを通して人生の糧になるような名言がたくさん残されています。

そこでギャンブルを愛した世界の偉人達の名言をまとめてご紹介します。ギャンブルの感覚は偉大な偉人たちの感性を磨いているのかもしれません。あなたもこれを読むとギャンブルへのイメージが変わるはずです。

  • 天才音楽家モーツァルト
  • 人気作家フョードル・ドストエフスキー
  • ロシアの詩人アレクサンドル・プーシキン
  • 漫画家蛭子能収の名言!?

天才音楽家モーツァルト

「他人の賞賛や非難など一切気にしない。自分自身の感性に従うのみだ。」

引用元:モーツァルト『他人の賞賛や非難など一切気にしない。自分自身の感性に従うのみだ。』|インクワイアリー

周りがどう思うかより自分の直感を信じるとは、モーツァルトは人生も勝負師だったのでしょうか。優雅で華やかな音楽をつくることで人気のモーツァルト。

そんな音楽界で一時代を築いたモーツァルトもギャンブル愛好家の一人です。意外にもクラシックの天才と呼ばれたモーツァルトは音楽だけでなくギャンブルにものめりこんでいたそうです。

人気作家フョードル・ドストエフスキー


引用元:ドストエフスキーの三つの恋 – ロシア・ビヨンド

「私はなにか善を行おうとする希望を持ち、そこに悦びを感ずることもできる。だが同時に、悪を行いたいとも思い、そこにも悦びを覚えることができる」

引用元:私はなにか善を行おうとする希望を持ち、そこに悦びを感ずることもできる。だが同時に、悪を行いたいとも思い、そこにも悦びを覚えることができる – 名言泉

「金は鋳造された自由である」

引用元:ドストエフスキー『金は鋳造された自由である。』|インクワイアリー

「罪と罰」や「カラマーゾフの兄弟」で知られるロシアの人気作家ドストエフスキーは有名なギャンブラーです。特にルーレットを好んでいたそうです。ドストエフスキーの作品の中にはギャンブルについて書いた「賭博者」もあります。

ドストエフスキーの名言は短い言葉の中に人間の心の中をのぞいたような名言です。悪いことに心を惹かれる様子はドストエフスキーが言うとなんだかリアルに感じますね。彼のギャンブル愛は私財を投げ打つほどだったそうです。

ロシアの詩人アレクサンドル・プーシキン


引用元:アレクサンドル・プーシキン 詩人、市民、道楽、そして決闘 – News – 文化 – The Voice of Russia

「失敗に達人などというものはいない。誰でもみな失敗の前には凡人である。」

引用元:名言ナビ – 失敗に達人などというものはいない。誰でもみな失敗の

成功しているギャンブラーは勝っているときより負けている時の対処法が重要だ、とする人が多い印象です。プーシキンの言葉は、失敗した時ついネガティブになりがちですが、自分だけ特別どん底なのではないとポジディブになれる言葉です。

プーシキンもまたギャンブルを題材にした作品を残しています。「スペードの女王」で書かれている内容は自身のギャンブル経験がモデルだともいわれています。

漫画家蛭子能収の名言!?

「高校の卒業式が終わると、まっすぐパチンコ店へ向かった。多分、日本全国で高校を卒業して一番早くパチンコ店へ入ったのは私ではないかと思う。」

引用元:蛭子能収のうきうきギャンブラー人生|ガイドワークス公式HP/パチンコ&パチスロ

自身のギャンブル人生を語った中で生まれた名言です。普通だと全く自慢にならないですよね。ですが、なぜか蛭子さんだと許される気がします。蛭子さんは芸能界でも有名なギャンブル好き

誰よりもギャンブルが大好きなことが伝わってる言葉です。

日本はギャンブル大国だったって本当?

日本でも、古くから賭博や博打(バクチ)は存在しました。そして賭博が流行するたびに、国民が働かなくなることを恐れた政府は賭博禁止令を出しました。何度も取り締まる法律ができるほど日本では賭博が古くから愛されていた歴史があります。

今でも賭博法により違法とされる賭け麻雀で逮捕のニュースが話題となりますが、日本人と賭博は切っても切り離せ無いものとなっています。

近年では日本カジノ法案が成立し、いよいよ日本にカジノができる日も近いと思われましたが、反対意見も多くその他様々な要因でいつ、どこにできるのか等は進んでいないのが現状です。

では、日本のギャンブルの歴史を詳しく見てみましょう。

  • 日本最古の賭博は双六
  • 江戸時代賭博が大流行
  • 日本の代表的な賭博「チンチロ」とは?

日本最古の賭博は双六

賭博の記録が残っている一番古いものは奈良時代に書かれた日本書紀です。そこには双六が行われていたことが記されていますが、その後持統天皇によって双六は禁止されました。

奈良時代にはすでに賭博が流行することで社会に影響があると権力者たちは恐れていたのでしょう。

江戸時代賭博が大流行

江戸時代には階級に関わらず、武士や農民に広く賭博が流行しました。サイコロを使った賭博はルールもわかりやすいこともあり、「半丁」や「チンチロ」といった遊戯がとても人気があったそうです。

金銭を賭ける遊戯は禁止されましたがまったく減らなかったため、政府は賭博を通報したものに褒美が出る法律を制定するほどでした。

政府が認めた富くじ

実は政府はすべての賭博を取り締まったわけではありません。財政難になった江戸幕府は寺が発行する富くじ(今でいう宝くじ)の販売を特別に認めていました。

その裏で寺の修繕費は国が負担しないという交換条件があったのです。賭博は日本の財政を支えていた歴史があります。今の宝くじも収益でいろいろな福祉建設物が建てられています。

日本の代表的な賭博「チンチロ」とは?

日本で昔から伝わる賭博「チンチロ」。ゲームを知らなくても名前は聞いたことがある人が多いのではないでしょうか。お茶碗の中にサイコロを3つ転がし、出た目で競うゲームがチンチロです。

その名前はお茶碗を転がるサイコロの音から名づけられました。親と子を決め、サイコロを交互に振って強い目が出た方が勝ちとなるシンプルなゲームです。ルールがわかりやすいので大衆に人気の遊びとなりました。

チンチロの出目順位

チンチロは以下の点数が配分されます。賭け金の倍率には地域によってローカルールが存在していました。たとえば1のぞろ目は10倍とするところもあります。

  1. 1・1・1のぞろ目→賭け金の5倍
  2. その他の数のぞろ目→賭け金の3倍
  3. 4・5・6→賭け金の2倍
  4. 2つ同じ数字が揃う(そろった数字以外のサイコロの目が大きい方が強い)→賭け金の1倍
  5. 2つ同じ数字が揃う(そろった数字以外のサイコロの目が大きい方が強い)→賭け金の1倍
  6. 1・2・3→負けた時賭け金の2倍払う

世界で愛されるギャンブル


ギャンブルの歴史はかなり古く3,000年以上続くものでした。そして1,000年以上経っても同じようなるーるで今でも残っているギャンブルがたくさんあることが分かりました。

人類は進化に合わせて生活様式が変化している中でも、たくさんの遊戯が当時のまま愛されているのです。

あの歴史上の有名な人物たちもギャンブルを好み、ギャンブルから素晴らしい感性を磨いていたのかもしれません。そして今も昔も私たちも生活に遊戯が必要なのは変わりません。

日本だけでなく、たくさんの国々で広く愛好者のいるギャンブルはこの先もずっと受け継がれていくでしょう!

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